【閱讀】問題の実態とは?
mitsuo 在天空部落發表於 2009-11-06 08:02:24
もっとも、愛があったとしても、人生の中ではいろいろな問題が起きてきます。
自分の内側でも外側でも、自分と他者との関係でも、問題は起きてきます。

では、何が問題を引き起こしているかというと、それは“恐れ”です。
問題の背後には、必ず恐れがあるのです。

「私はダメなんじゃないか」「こんな自分ではどうしていいか分からない」という恐れでいっぱいになると、誰かを責めたり、怒りっぽくなったり、アルコールや異性関係に逃避したり、といったことをやり始めます。

恐れにはまっているときは、愛なんて無いと感じています。
つまり、愛を見失っている状態なのです。
それは、愛を求めている状態とも言えます。

一見、怒鳴っている人が愛を求めているようには見えないかもしれませんが、そういう人も、自分は大切にされていない、自分なんてどうでもいいんだ、見捨てられた存在なんだ、というような気持ちを感じているのです。

例えば、私に「自分の親には、ほんのちょっとだけど愛情もあった」と話してくれた方の親には、少しの愛と、そして“恐れ”がありました。
言い換えれば、少しの愛と、愛を求めている状態にあったのです。

私たちは、恐れを感じると、誰かを責めたくなります。
しかしこれは、ごまかしの方向、すなわちフェイクなのです。

ここで、「人生、ままならないね。本当に悲しいね」と、怒りの下にある悲しみのほうに目を向けていくと、愛を求める気持ちにたどり着きやすくなります。

なぜなら、悲しみを感じることは、ごまかしの方向ではなく、恐れの原因となった感情の中に入っていくということだからです。

仏様の愛情のことを“慈悲”といいますが、なぜここに“悲”という文字が入っているのか、今なら感覚的に分かります。

誰かが一緒に悲しんでくれると、見失っていた愛が再び感じられてきます。
もちろん、あなた自身で自分の悲しみに寄り添っていくというやり方でも構いません。

悲しみは、愛にとても近い場所です。
ここに、癒そうとする力の本質があるのです。
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