July 28, 2009
miraicha 在天空部落發表於 21:28:46
朝マックに付いてくる0円コーヒーを断ってしまった私は、
はたして世捨て人なのだろうか。。
朝マックする時は、やっぱり爽健美茶に限る。
マックの紙コップに注がれる爽健美茶。
これが朝マックのセットには合う。
朝からコーヒーとか、どんな柴田恭兵だ?
7月29日は、広島カープのマスコットキャラ、スラィリーの誕生日。
今をさかのぼること14年前(1995年)の7月29日。
まだ広島カープが強かりし頃、彼は広島で生まれた。
スラィリー。
スライリーではなく、スラィリー。
試合前の広島市民球場。
この日からセ・リーグの後半戦が始まり、広島×中日の試合が組まれていた。
試合前、突然外野のバックスクリーン横あたりから、巨大な「卵」が登場。
それが台車に乗ったまま、ゆっくり内野まで運ばれる。
そして、それを出迎えるカープの選手たち。

しばらくして、外側の「殻」が破れ、中から真っ青なキャラクター、スラィリーが出現した。

身長210cm。
広島カープ、球団初の3次元マスコットの登場である。
これまでは2次元のマスコット(=カープ坊や)しかいなかったし、
他球団にも続々と実物大のマスコットが登場してきており、カープはその面で遅れていた。
そこで広島の街に生まれてきたのが、このスラィリーだ。
当初の観客の反応は冷ややかだった。
「カープのマスコットらしくない」
「中日のマスコットと間違えたんじゃろー?」
「アメリカのキャラクターみたい」
などなど。
登場初日の感想は、あまり好意的なものではなかった。
そしてこの記念すべき日、広島カープは中日相手に5-3(延長13回)で勝利。
最後は、町田公二郎のサヨナラホームランだった。
(ちなみに翌日は、同じく中日に9点差をひっくり返されて負けた。)
当時、グラウンド内でのスラィリーの仕事は…
5回裏が終わったときに、決められた音楽にあわせて適当に踊ること。
主に、これだけであった。
今でこそ自転車に乗ったりバズーカ砲を打ったり、いろいろなことをする「彼」だが
当時は腰をくねらせて1,2分間出てきて踊るだけ。
音楽も1種類(昔フジテレビでやってたセリエAダイジェストのオープニング・ジングル)だけで、
ルーティーンのパフォーマンスは、実に単調なものだった。
彼の仕事先はグラウンド内ではなく主に客席、相手チームのベンチ、そして球場外に出没した。
当時の彼は、内野席、球場の外と練り歩いているだけで人気者だった。
彼が歩くところ、子供が群がる。
時には大人も群がった。
ほかにプロ球団がない広島の街の人にとって、マスコット人形は新鮮だったに違いない。
今はプロ12球団すべてにマスコット人形がつくられ、オールスター戦では全員集合することもある。
交流戦ではマスコットも一緒に飛行機で遠征したり、
ドアラみたいに本まで出すキャラも現れ出した。
スラィリーは、ほかのキャラにはない性質をもっている。
鼻の部分におもちゃのピロピロ笛を備えていることと、
自チームが劇的な勝利を遂げると、体の色が青からピンクに変色することだ。
そんな彼は、いまだ自分のチームの優勝を知らないまま、14歳になる。
14年間、カープの顔として駆けずりまわってきたスラィリー。
相手チームのベンチ前にノコノコ出ていって挑発したり(尻を出す etc.)、
倉敷の球場では、グラウンド内に乱入してきた不審者にタックルをしたこともあるスラィリー。
せめて彼の誕生日くらいは、カープナインに意地を見せてもらいたいものだ。
はたして世捨て人なのだろうか。。
朝マックする時は、やっぱり爽健美茶に限る。
マックの紙コップに注がれる爽健美茶。
これが朝マックのセットには合う。
朝からコーヒーとか、どんな柴田恭兵だ?
7月29日は、広島カープのマスコットキャラ、スラィリーの誕生日。
今をさかのぼること14年前(1995年)の7月29日。
まだ広島カープが強かりし頃、彼は広島で生まれた。
スラィリー。
スライリーではなく、スラィリー。
試合前の広島市民球場。
この日からセ・リーグの後半戦が始まり、広島×中日の試合が組まれていた。
試合前、突然外野のバックスクリーン横あたりから、巨大な「卵」が登場。
それが台車に乗ったまま、ゆっくり内野まで運ばれる。
そして、それを出迎えるカープの選手たち。

しばらくして、外側の「殻」が破れ、中から真っ青なキャラクター、スラィリーが出現した。

身長210cm。
広島カープ、球団初の3次元マスコットの登場である。
これまでは2次元のマスコット(=カープ坊や)しかいなかったし、
他球団にも続々と実物大のマスコットが登場してきており、カープはその面で遅れていた。
そこで広島の街に生まれてきたのが、このスラィリーだ。
当初の観客の反応は冷ややかだった。
「カープのマスコットらしくない」
「中日のマスコットと間違えたんじゃろー?」
「アメリカのキャラクターみたい」
などなど。
登場初日の感想は、あまり好意的なものではなかった。
そしてこの記念すべき日、広島カープは中日相手に5-3(延長13回)で勝利。
最後は、町田公二郎のサヨナラホームランだった。
(ちなみに翌日は、同じく中日に9点差をひっくり返されて負けた。)
当時、グラウンド内でのスラィリーの仕事は…
5回裏が終わったときに、決められた音楽にあわせて適当に踊ること。
主に、これだけであった。
今でこそ自転車に乗ったりバズーカ砲を打ったり、いろいろなことをする「彼」だが
当時は腰をくねらせて1,2分間出てきて踊るだけ。
音楽も1種類(昔フジテレビでやってたセリエAダイジェストのオープニング・ジングル)だけで、
ルーティーンのパフォーマンスは、実に単調なものだった。
彼の仕事先はグラウンド内ではなく主に客席、相手チームのベンチ、そして球場外に出没した。
当時の彼は、内野席、球場の外と練り歩いているだけで人気者だった。
彼が歩くところ、子供が群がる。
時には大人も群がった。
ほかにプロ球団がない広島の街の人にとって、マスコット人形は新鮮だったに違いない。
今はプロ12球団すべてにマスコット人形がつくられ、オールスター戦では全員集合することもある。
交流戦ではマスコットも一緒に飛行機で遠征したり、
ドアラみたいに本まで出すキャラも現れ出した。
スラィリーは、ほかのキャラにはない性質をもっている。
鼻の部分におもちゃのピロピロ笛を備えていることと、
自チームが劇的な勝利を遂げると、体の色が青からピンクに変色することだ。
そんな彼は、いまだ自分のチームの優勝を知らないまま、14歳になる。
14年間、カープの顔として駆けずりまわってきたスラィリー。
相手チームのベンチ前にノコノコ出ていって挑発したり(尻を出す etc.)、
倉敷の球場では、グラウンド内に乱入してきた不審者にタックルをしたこともあるスラィリー。
せめて彼の誕生日くらいは、カープナインに意地を見せてもらいたいものだ。





